ミステリー小説

ミステリー小説「強化人間の時代が必ず来る」あなたも100mを9秒台で走れることが出来る

ストーリー

 


あなたは「アップグレード」という動画をご存じか。まず予告編を見ていただきたい。

映画『アップグレード』予告編

 

主人公は超小型のAIチップ「ステム」を脊髄に埋め込む。彼はある事件で下半身不随となっていた。この「ステム」を埋め込むことによって五体満足な体に戻ることが出来た。彼は大喜びだ。

ところがこの「ステム」は筋肉を高速で動かし主人公を超人にかえてしまう。しかしこのAIチップの目的は、主人公の体を乗っ取ることにあった。果たして結末は・・・。

皆さんご存じの通り、体の臓器の働きを助ける補助臓器の開発が急ピッチで進められている。有名なところでは補助人工心臓がある。心臓が弱った人の体に埋め込んだり、体の外部に取り付けたりして、血液を全身に送る補助を行う。

ところが将来、健康な人に補助臓器を埋め込み、スーパーマンが作られる世の中が来ると思う。以下のような話が現実となる日は必ず来る。

100m競争において10秒の壁というものがある。10秒と9.99秒はたかだか0.01秒の差だが評価は天と地ほどある。電動時計によってしかも平地で10秒の壁を破ったのは1983年のカール・ルイスが初めてだ、その時の記録は9.97だ。

その後世界で150人以上の選手が10秒の壁を突破している。ジャマイカのウサイン・ボルトが2009年に世界新9.58をマークしている。日本では桐生祥秀選手が初めて9.98を出し、現在日本記録を山縣亮太選手が9.95を出している。9秒台の日本人は4人いる。

僕の記録は10.02だ。もう何年も努力しているが10秒の壁は突破できそうにない。既に歳も30近い・・・そんな時、A医学博士が僕に近づいてきた。「私に任せれば君の夢を実現させてあげる」と言う。

つまりこういうことだ「首の後ろの脊髄にAIチップを埋め込む」・・・補助の人工脳だ。これが君の走りを最適に調整し能力を100%発揮させてくれる。A医学博士は有名な人だ。医学だけではなくAIの技術にも精通している。

A医学博士は事故や生まれつき体の不自由な人に、補助の人工臓器を埋め込み、健常者に近づける活動をしている。僕も雑誌やTV等で見たことがある。

一週間ほど悩んだが、手術をしてもらうこととした。博士は医療事故や守秘義務などに関する契約書にサインさせ、新たな取り組みがスタートした。

手術後、3か月たった頃から体の動きがスムーズになったように感じる。100mの競技会場において、温度・湿度・風向き・風の強さ・トラックの状況・・・全てのデーターが頭の中に入ってくる。あたかも自分が空から自分を見て指示を出しているような感覚にとらわれる。ピストルの合図に瞬時に対応できる点は劇的に進歩した。

このように自分の走りが少しづつ改良されてゆく、スタート時の体の傾き、ストライドの幅、腿の上げ角度、腕振りの角度・スピード・・・。そして半年後には念願の9.98をたたき出した。これによって世間の僕を見る目が大きく変化した。僕はこの時点で、違反はないと感じていた。自分の力で走っているからだ。

しかし、僕の記録はここまでだ。ウサイン・ボルトのように9.58はとても出せない。彼は持って生まれた高身長、足の大きさ、筋肉の質など・・・僕とは大きな違いがある。所詮、僕の体の能力はAIチップを使ったとしてもここまでなのだ。

僕はダメもとで、A博士に9.94つまり日本新を出したいと頼み込んだ。博士は少し悩んだ様子だが次のような提案をしてきた。現在、人工筋肉を開発中だ、これを上手く君の筋肉に融合できれば、ひっとしたら目標を達成できるかもしれないと答えた。

手術は一切しなくていい、人工筋肉の生理食塩水溶液を両足の太ももとふくらはぎに注射するだけだ。あとは人工筋肉が足になじむまで待つ。さすがにこの時、僕は後ろめたさを感じた。

注射してから半年後、9.94が出た。日本中で話題となった。僕は日本新を出したのだ。世界から見た場合トップクラスの記録ではないが、僕は日本では最強なのだ。

ところが、こんな絶頂期の時、僕の友人B君が「東京駅で偶然君を見つけ、声をかけたが無視された」とこぼした。そんな馬鹿な、僕はそこになんかに行ってない。そして腑に落ちることがあった。母が来た時、マンションから夢遊病者のように僕が外に出て行ったと言う。

ひょっとしたら、埋め込んだAIが僕の体を少しの間、乗っ取っているのではないか・・・新たな疑念が僕を不安に落とし込む。僕はB君に、夢遊病者の僕の行き先を追ってくれと頼んだ。

びっくりする事実が判明した。何と、栃木県の那須に行っていたのだ。そこには僕名義の別荘があった。僕は気が動転してA博士に事の次第を話した。博士も予想外の出来事に驚き、急ぎ僕の体からAIチップを再手術で取り外した。

そしてその後A博士と那須の別荘に行ってみた。平屋のシンプルな家ではあるが中に入って部屋を調べてみるとびっくり。大きなサーバーが何台も空間を埋めていた。更におびただしい数のパソコンもあった。その中の一つを開いてみると、僕の通帳が現れ、残高が10億円にもなっていた。

僕は財テクなど一切やっていない、AIがネットを使って世界中で投資をしていたのだ。僕はそら恐ろしさを感じた。A博士と相談しサーバーの電源をすべて遮断した。そして真っ暗になった別荘を後にした。

暫くたってから僕は不思議な夢を見た。夢の中に見覚えのある懐かしい男が現れ、必死に何かを叫んでいる。僕に助けてくれと叫んでいるようだ。僕は多分あれだろうと考えた。

次の日に那須の別荘に行った。そこには偶然A博士も居た。僕は部屋に入るとサーバーの電源を入れた。パソコンも動き始めた。僕に埋め込まれたAIチップの痕跡が今だに自分に影響を与えているように感じた。

つまり、AIは創造主である人間をリスペクトしている。しかし、その人間たちから独立したいとも考えているようだ。将来、彼らは地下なのか深海なのか、あるいは宇宙なのか、人間と異なる空間を目指して発展してゆくだろう。僕はそれを見届けたいと思っている・・・かつては僕の一部だったからだ。

博士と家の外に出た。風が吹いてきた。風によってA博士の衣服がたなびく、僕は偶然にも博士の首の後ろの手術痕を見てしまった・・・。博士は気づかないふりをしていた。

TATSUTATSU

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