ストーリー
今から50年以上も前の出来事だ。僕は長野県の大学に通っていた。僕の住んでいた町は標高400mくらいのところにあるから夏は涼しく、空気と水はすごくおいしい。でも冬は底冷えがして当時、若かった僕でもつらかった。
初夏には、僕の住んでいたアパートは川や田んぼの近くにあり、部屋を暗くしておくと蛍が紛れ込んでくる。薄暗い部屋の中を飛んでいる蛍を見ながら酒を飲むのも悪くない。でも蛍は長生きしないから窓から逃がしてあげる。
そして、ここから5分10分くらい歩くと田んぼがある。あぜ道に座って暗くなるのを待つと周りを無数の蛍が乱舞し始める。物凄く幻想的で我を忘れる。「蛍は人間の魂だ」と言った人がいたが、まさにその通りではかなく光っては消える。
僕の友人が体験した話を紹介しよう。彼は近くの下宿に住んでいる。僕と違って朝飯と夕飯がついているから食うには困らない。そんな僕は彼の下宿にチョクチョク泊まることがある。
そしてその下宿にまつわる不思議で身の毛もよだつ話を聞かせてくれた。そこには年齢20才近い老ネコがいて夜中の2時3時くらいになると必ずやってくるそうだ。
前足で結構重い障子を開けて部屋に入ってくる。暗闇で目がキラリと光るからドキッと心臓に悪い。そのネコは決まって押入れの前で暫くくつろいで部屋を一周して戻ってゆくそうだ。
ところがある日から、この押し入れから夜中に音がするようになる。ゴトゴトと何かがそこにいるような感じだ。その押し入れは布団を入れるところと右の方はちょっとした洋服ダンスのようになっていて、コートとかブレザーなんかを吊り下げれるようになっている。
昼間に布団とか、洋服を押入れから出して中を確認するがおかしなところはない。でも夜中になると時々、ゴトゴトと音がする。ネズミでもいるのかなと思うが、天井裏からは音はなく、押し入れだけから聞こえて来る。不思議だ。
また、老ネコも毎日ではないがしばしば夜中に訪れる。ネコには少し慣れたが、押入れのゴトゴトだけはどうしても気になる。しかも決まって丑三つ時だ。
友人は音が気になって仕方がないので、下宿のお婆さんに尋ねたそうだ。お婆さんは言いにくそうだったが、かなり以前にこの部屋に住んでいた学生が押入れの中で首を吊っていた。
その話を聞いた友人は、僕のアパートにしょっちゅう泊まりに来るようになった、その後暫くして下宿を変わった。
これは僕の推測だが、学生が自殺した理由は分からないが生前、老ネコを可愛がっていたのではないかと思う。ネコは「死」というものが分からない。今でもその学生が生きていると思って毎夜会いに来るのではないかと思う。ということは、いまだにその学生の魂が押入れの中に漂っているのか。
ネコと言う動物は不思議な生き物だ。人間と長く暮らしていると、人間に似て来るのか。僕は家の近くで車にはねられ死んだネコを別のネコが一生懸命くわえて引きずっているのを見た。ネコは道路の真ん中から端に引っ張っていた。
親猫が死んだ子猫を引きずっていたのか、あるいは兄弟猫なのか分からない。ネコが「死」というものを認識できないとなれば、道路の真ん中は危ないと本能的に察知したのかもしれない。僕は死んだネコを新聞紙に包んで近くの空き地に埋めてあげた。
そして、その空き地の前を通るたびにあのネコのことを思い出す。あのネコは今頃どうしているのだろーか。
TATSUTATSU
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