ストーリー
日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。
これはある人から聞いた話だ。真実なのかそれとも作り話か僕には分からない。でもれっきとした証拠が残っている。そう考えるとあながち嘘とは言えない。
彼は一人キャンプを趣味にしていて、各地の森や山を週末に散策する。デイキャンプの場合もあればテントで一泊することもある。最近はクマに遭遇し、泊は自粛している。ここからは彼の話だ。
ある森の奥にキャンプ地を目指して分け入る。ところが地図にもない場所であり、奥へ行けば行くほど迷子になりそうな所だ。引っ返そうかと思ったところ、前方に少し開けた空間があった。そこに入り込むと急に霧が立ち込める。しばらくして晴れると、そこには小さな家があった。
こんなところにいったい誰が住んでいるのかと近づいてみる。家の前まで来たところ、玄関ドアが開いてお婆さんが顔を出す。お婆さんはニコニコと笑って、「お茶でも飲んでゆきなさい」と誘ってくる。通りすがりの何の面識もない僕を家に入れてくれるなんて、優しい人だと思った。
でも何か引っかかるものがあって、固辞した。お婆さんはめったに人が来ることは無いから是非にと何度も誘う。お婆さんの風貌を見ると、おかしな人には見えない。僕は勇気を振り絞って家に入ってみることにした。
家の中は少々埃っぽいが毎日、なんとか掃除しているような雰囲気だ。見まわしてみると僕が通されたリビングルームのほかにあと2部屋のこじんまりとした家だった。お婆さんはテーブルの椅子に座りなさいと言う。
そして奥から紅茶の入ったカップを持ってくるとテーブルを挟んだ僕の前に座る。お飲みなさいよと進める。僕は紅茶をすすった。少々かび臭いが飲めないことは無い。
お婆さんは久しぶりに人に会ったようで、嬉しそうに次から次へと世間話をする。僕が何でこんな山奥に住んでるのかと聞くと・・・なんででしょうね・・・とはぐらかす。
お婆さんは独り言のように「大きな戦争があって仕方なくここに来た」と悲しそうな顔をする。それから話は尽きない、次から次へと僕の知らない歴史を話す。あまりに話がかみ合わないので、僕は「お婆さんは外国から来られたんですか」と聞いてみる。
お婆さんは「日本生まれだ」と答えるが・・・どことなく異国の地から来たような雰囲気を感じる。「ケーキがあるから持ってくるね」と席を立つ。そして皿に乗ったケーキを見た時、大きな違和感を感じた。そのケーキはカビだらけで形も崩れ腐っていた、とても食べれる代物ではない。
僕はお腹が減ってないと固辞した。お婆さんは残念そうな顔をしてケーキを向こうの部屋に持って行ってしまう。その時お婆さんの背中が見えた。エプロンの隙間から四角い窓のような空間がある。よく見るとそこから機械部品が顔をのぞかせていた。
僕は、腰を抜かすほどびっくりしたが同時に不思議な感覚にとらわれた。お婆さんは機械仕掛けのロボットなのか・・・間違いなく人間ではない。危険を感じた僕は慌てて家から逃げようとした。その時、奥の部屋に人が倒れているのを見てしまう。お婆さんに気づかれないようにその人の首筋に手を添えると温かみも脈もない・・・死んでいる。
おじいさんように見えたその人はうつぶせに倒れていた。僕は静かに後ずさりすると一目散に家から飛び出した。相変わらずモヤが立ち込めている。気が動転していてどんなルートを走ったのか気が付かなかったが見覚えのある本道にぶち当たった。そこで我に返った。
あれは何だったのだろうか、幻覚でも見たのか・・・自分で何度も思い返す。しかし、人が一人死んでいる。これはほっておくことは出来ない。本道と脇道の角に目印の紐を結んで先を急ぐ。
しばらく走ってから安全を確かめ警察に連絡する。「山小屋で人が死んでいる」と・・・。それから警察官2名と合流し現場に向かった。本道から脇道に入り暫く行くと家が見えた。
ところが先ほどまでいた家と風貌がかなり異なる。外観がボロボロで屋根にも草が生え今にも崩れそうだ。そんな馬鹿なと思いつつ、警察官の先導で家の中に入る。
中に入るとあたり一面がホコリと蜘蛛の巣だらけだ。傾いたテーブルの隅にある椅子には錆びてボロボロになったお婆さんらしきものが座っていた。人形なのか、ロボットなのか・・・もう判別がつかないほど痛んでいる。
奥の部屋に行くと床にミイラのように干からびた人骨があった。僕が警察に話した状況と異なっている。しかし、人骨は間違いなくあった。警官の一人は「この遺体は5年・10年レベルの物ではない」「ひょっとしたら50年くらい経っているかもしれない」・・・。これだけ古いと死因の特定は出来ないかもしれない。
僕はそのまま返された。警察官たちは僕の話を信じてくれないのが悔しかった。自分なりに色々と考えてみる。ひょっとしたら時空を飛び越え別世界に迷い込んだかもしれない。あのモヤの様な霧が時空を隔てている壁なのか。まあ、無事に現代に戻れただけでも幸運と思うことにした。
それから半年経った頃、二人の人物が僕を訪ねて来る。一人は政府中枢の重要人物だ。もう一人は人工知能の技術者だった。技術者は僕の前に二つのプラスチック容器を置く。
一つ目の物は「バイオタイプの人工知能」だ。干からびてはいるが人間の脳に近いものだそうだ。二つ目は集積回路(チップ)が入っていた。このチップを分析したところ。回路線幅が0.1ナノ或いは0.01ナノレベルの高性能半導体であることが分かった。
今の技術では1~2ナノが限界だ。こんなものが現存するとは・・・しかもそれは特注品ではなく汎用品だと考えている。我々の技術が根底から崩された。こんな高度に進んだものがあの山小屋にあったとは・・・。
君の話を真剣に聞くことにする。我々に教えてくれ・・・・どんな出来事があったのか。僕は心の中で、お婆さんが言った言葉を思い出す。「大きな戦争があって仕方なくここに来た」と・・・。未来には何があったのだろうか、未来が必ずしも明るい世界とは限らない、どんなに技術が進歩したとしても・・・。
今思い返すと、お婆さんロボットを作ったのが床に倒れていたおじいさんであれば、主人を亡くしてどんなに寂しかっただろうか。だからたまたま通りかかった僕に親切にしてくれた。そしてあの小屋の中で朽ち果てるまで何十年も一人で動いていたのだろうか。そう考えると自然と涙が出る。
TATSUTATSU
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