ミステリー小説

ミステリー小説「郷愁が私を殺しに来る」昔の出来事が夢の中に次々と現れ悪魔を呼び寄せる

ストーリー

 


日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。

 

不思議な夢を見た。広いグランドで僕はサッカーをしていた。多分、最も体が良く動く18才くらいだと思う。凄いスピードでパスをやり取りする。どんなに走っても、疲れない。相手を抜き去り、味方へとパスをする。そしてセンタリングされたボールに食らいつく。

僕の頭ではじかれたボールはゴールネットを揺らす。僕はグラウンドで走っている若い自分に現在の老人の僕が乗り移っている。ところが不思議なことに、空からそれを俯瞰的に見ている自分もいた。僕にもこんなに痩せてシャープな時期があったんだ。懐かしさがこみあげて来る。なんとも言えないような不思議な感情に襲われる。

場面は変わって、サッカー部の部室にいた。部室の中は狭く、窓から夕日が差し込む。汗と土のにおいが部屋中に充満し、棚にあったユニホームに顔をうずめる。こんな時代があったんだと第三者の自分がそれを見ている。

また、場面が変わる。中学3年くらいだろうか・・・教室にいる。教室の窓から夕日が差し込む。そこには数人の女子生徒がいた。僕はその中の一人にくぎ付けになる。初恋の彼女だ。初々しい彼女と今のかみさんが重なる・・・一生幸せにしなければと強く思う。

彼女が僕に向かって微笑む、そして僕も微笑む。彼女は近づいてくる。近づくにつれ懐かしさで胸が苦しくなる。次第にその苦しさはエクスタシーに代わる。心臓が高鳴り破裂しそうだ。僕は「ヤバい」と反射的に飛び起きた。

心臓が警告を発し僕の意識がそれを受け止めた。あのまま、夢を見続けていれば、ノスタルジーが杭となって心臓を突き破る。ひょっとしたら心臓が止まっていたのかもしれない。

話は変わるが、誰しも死ぬ直前に自分の生涯を振り返ると言われている。死にゆく直前の映像を見た人がいる。彼の話では懐かしい映像が次から次へと現れる。そして郷愁に心が包まれ自分が徐々に暗闇の中に消えてゆく。そこには苦痛は全くない。

彼は心臓も呼吸も10~15分程止まっていた。肉親が必死に心臓マッサージを続ける。運よく救急車が間に合い電気ショックによる蘇生が試みられた。心臓が再び動き始める、間に合ったのだ。

彼は死ぬ間際(心臓が止まる間際~止まってしばらく)に不思議な夢を見ていたそうだ。それは3歳の時の記憶から現在に至るまで、記憶の冒険が続いた。それらが無性に懐かしく、痛みも嫌な感情もない。暖かい水の中に浮かんでいるような心地よさだ。過去のキズでさえノスタルジーに昇華している。

3歳の彼は、両親が家で商売をしていたため、近くの保育園に預けられた。彼は昼食に出されたアルマイトカップに入ったミルク(多分、脱脂粉乳だと思う)を美味しそうに飲む。

暫く遊んでいたが、急に寂しくなって保育園の門の狭い隙間から外に出る。石ころと砂だらけの道路をよちよちと歩き家に戻ると母がびっくりとした顔で出迎える。

次に小学生の体験だ。母に連れられて入学式に出席する。ところが門のところで同級生にいじわるされる。彼はそいつとケンカになった。さらに中学生時代に彼のことが好きになったとある女生徒から人づてに告白された。でもお互い恥ずかしくて会えずじまいだった。

高校生になると学校一美人の女子生徒が気に入る。用もないのに彼女の教室の廊下近くに来てずうっと眺めることが日課だ。次から次へと懐かしい出来事が映画のように頭の中を通り過ぎてゆく。

そのスピードはどんどん速くなる。そして最後に暗いトンネルの中を進んでゆく・・・暫くして前方に光が見えた。その光はどんどん大きくなり、気が付くと目を覚ましていたそうだ。彼自身としては非常に長く感じたようだが、実際にはそれほど時間はかかってない。

生死をさまよったが蘇った。その理由は何だろうか。たまたま、医療従事者だった息子が近くにいて、心臓マッサージを的確な方法で長時間続けてくれた。救急車が早く到着した。生きようとする意欲が強かった。まだ65才と言う若い年齢だった。

色々、考えられるが明確な答えはない。「運が良かった」と言えばそうかもしれない。彼は夢を思い返すとトンネルの先には何かがいたような気がする。それは天使なのか悪魔なのか分からない・・・と言っていたのが印象的だった。

彼は、生き返ってからいつもの痛みが襲ってきた。また、持病との戦いだ。あのままノスタルジーに包まれて死後の世界に行けてもよかったのかもしれないと・・・・一瞬思ったそうだ。

僕は多くの死を見てきた。いずれ僕も死を迎えるだろう。老衰で骨と皮だけになって死んでゆくのか。或いは、突然倒れてお迎えが来るのか。死は決してきれいなものではない、でも心の中は郷愁で満ち溢れ痛みを感じない。それは天国と一緒なのか・・・。

TATSUTATSU

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