ストーリー

日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。

70歳を過ぎたあたりから体の衰えが半端なく急下降する。特に目の衰えが激しい。70歳半ば近くになって「飛蚊症」(目の中の硝子体の濁りによって視界に蚊やごみが浮かんで見える病気)になってしまった。
最初は黒い物や糸状の物が視野に現れてうっとうしく感じた。ところが「脳」がそれを情報処理してくれて、今では若干の違和感はあるがそれほど気にはならない。「脳」の凄さを感じる。そうすると私たちが見ている世界は全て「脳」が処理した後の世界だ・・・現実とは違うのか。
その後、視力の低下や視野の狭まりが気になってきた。またクリヤーに見えていた世界が薄いベールがかかったように見え始めた。眼科医に行くとやや白内障があるが手術するレベルではないと言われる。

さらに、耳も悪くなってきた。左耳の特に高音が聞き取りにくい。臭覚・味覚も低下してきたように感じる。このまま五感がどんどん低下して行くのか。
日々、朝起きて鏡を見る。そこにはまだ「僕」がいて安心する。五感だけでなく体力の低下もバカにならない。若い時にはどれだけでも歩けたし、疲れもあまり感じなかった。ところが無理をすると足腰に来る、次の日まで疲れが残る。
こんな下り坂の自分を自虐的に愛おしくなる・・・長い間「この体」にお世話になっているからだ。加齢は誰しも逃げることの出来ない世界。「自分の体が少しづつ壊れてゆく」・・・おかしな話だが最近ではこれをあきらめ楽しむことにしている。

でも、胸の痛みだけは気になる。もともと心臓に持病を抱えている。不整脈も増えてきている。「コロリ」と逝くときは心臓かなと思う。
五感が衰えてくると不思議なことに「第六感」のようなものが冴えて来る。今まで隠れていた「第六感」が表に現れるのか・・・。例えばテニスコート脇を散歩していた時、何かが後ろから飛んでくるような気がしてしゃがんだ。そうしたら頭の上をボールが通過した。
また、横断歩道で何かを感じて慌てて立ち止まると、目の前を凄いスピードで自転車が通り抜けた。一歩進んでいたら大ケガだ。五感の衰えを「第六感」が補ってくれているかもしれない。そう考えると「第六感」を何らかの方法で鍛えることも必要となる。

常に精神を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄ます。そして心の中の「第六感」の声を聴く。そうすると「第六感」が鍛えられ、完全ではないが何かを予測する能力が向上するように感じる。
今日は胸の痛みが特に激しい。こういう時は薬を飲んで暫くベッドの上で安静にしているのが一番だ。そんなことをしていると胸の痛みは和らぎ眠ってしまった。遠くでかすかに救急車のサイレンが聞こえるが気にはならない「無」の中に落ちてゆく。
どれくらい眠っただろうか、僕は家の外に出てみた。外は鮮やかなオレンジ色をした夕暮れだ。こんな見渡す限りの夕暮れを見たのは初めてだ。しばらく歩いてゆくと白い犬が現れコンビニの中に入ってゆく。昔、犬を飼っていた時によくコンビニでカステラを買って愛犬にあげたことを思い出す。

さらに歩いてゆくと空中に半透明の人型をしたものが浮かんでいる。この人型の物体は空を埋め尽くさんばかりに漂っている。なんと不思議な光景だ。繁華街を歩くと人々の間にこの人型をしたものが多数浮遊している。心を穏やかにしておればこんなものまで見えるんだと感じた。
それから一週間ほどして妻の墓参りに付き合うことととした。家族・親戚と一緒に車で墓地まで出向き線香をあげる。線香の煙はいつもきつくてあまり好きではないがこの時は不思議に甘い香りに感じた。
墓参りをして帰り道を少し歩くと道のわきに白っぽい人がたたずんでいた。彼は僕の顔を見る。その時、びっくりした、最近亡くなったBさんだ。僕はこんなものまで見えるようになった。「第六感」の凄さをまざまざと見せつけられる。僕は超能力者になったような気分だ。
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相変わらず、目の前の世界がいつもと違う。通常、見えてはいけないものが僕の目の前に現れる。僕はこう考えている。目から入ってくる真実の光による画像は「脳」によって処理され、不可解でうけいられないものはカットされる。
つまり「脳」にとって、つじつまが合う画像のみが受け入れられ、僕らはそれを見ている。そうでないと「心」が壊れてしまう。暗闇で幽霊のようなものを見た日には心臓麻痺で倒れてしまうこともありうるからだ。
僕は時々散歩に出かける。最近は一人で出かけることが多くなった。妻が付き合ってくれないからだ。今日も一人だ。僕は交差点を渡ろうとする。ところが右から車が凄いスピードで突っ込んでくる。

僕はよけようとしたが間に合わない。「あっ」と声を上げた瞬間、車は僕の体を突き抜けて何事もなく行ってしまった。その時「はっと気づいた」・・・僕はもう「この世」のモノではないことを。
僕の体は少しづつ蒸発しながら天に昇ってゆく。脳が介在しない「真の世界」を見つめながら「無」へと旅立つ。不思議と寂しさは感じない。何故なら僕が思い出した世界が「真の世界」なのだから・・・。
妻と墓参りに行った時、確かに墓石には「自分の名前」が刻まれていた。大昔の出来事のように記憶が薄れてゆく。さあ、新しい世界に行かなくては・・・ところで僕は誰として生かされてきたのか。もう思い出せない。
TATSUTATSU



















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