ミステリー小説

ミステリー小説「僕の金縛り体験記」:耳元でささやく悪魔の言葉とは

ストーリー


 

僕はサラリーマン生活を47年間やっている。もうすでに70才だ。色々なことを経験してきた。その中には「金縛り体験」がある。しかし、70年も人生をやっているのに、これを体験したのは1度きりだ。その話を紹介しよう。

ある会社に入社して、2年目の23歳ごろの出来事だ。仙台にある支社に配属された。ほぼ新入社員みたいなもので、先輩社員に同行し、仕事を覚えなければならない。それに営業課では一番若いから雑用なんかも当然やらされる。

3か月ぐらいたつと、先輩から離れ、自分一人で営業活動をしなければならない。この課は花形だが使えないとなれば容赦なく間接部門に配置換えだ。間接部門の総務課・経理課・業務課などには当然エキスパートはいるが営業落第者もいる。とにかく出世のスピードが違うのだ。

常に何かに追われるように仕事をし、体はくたくた。今と違って週休2日制ではない。土曜日も5時まで目いっぱい仕事をする。月曜日から金曜日はさらにきつい、5時に会社に戻ってから、営業日誌の作成やその他のデスクワークで帰宅が9時・10時となる。当然残業手当などない、でも豪華な夕食は会社持ちだ、これが残業代みたいなもんだろーね。寿司やうな丼を食べたこともある。

あの頃、猛烈に働いた記憶がある。今から50年近く前だ、どんな会社も似たようなものかもしれない。高度成長の真っただ中だ。ぼやぼやしていると時代に取り残されてしまう。

当時、独身だから、独身寮に帰って風呂に入って死んだように眠る。でも、朝が来ると早く出社してまた一週間が始まる。だから唯一の休みは日曜日だけだ。でも半日は寝ているようなもんだ。なじみの散髪屋さんに行ったとき、親父から「十円玉くらいの円形脱毛症が2つある」と言われショックだった。

精神的な疲れだけではなく肉体まで虫食まれていた・・・そう思う。そんなある日曜日、死んだように眠っていた。朝起きるのが遅いので、必ず寮母さんが雨戸をあけてくれていた。

障子紙を通して陽の光が差し込む、うつらうつらしていた。その時、障子が開いて誰かが入ってきたような気がした。顔をそちらに向けようとしたところ、体が動かない、全くピクリともしない。強烈な「金縛り」にあった。

何かが枕元いる。自分の顔を見ているような気がする。それは僕の耳に何かをささやく、しばらくその存在を感じて心臓が凍り付くようだった。それは入った時と同じ障子から姿を消した。そのとたん金縛りが解けた。体中脂汗でぐっしょり、生きた心地がしなかった。その時間は5分なのか10分なのかそれ以上か。僕には物凄く長く感じた。

転勤して半年が経った。幸い、仕事を覚え、新しいお客さんも開拓することが出来た。実績も順調だ。そして1年があっという間に経っていた。転勤の辞令だ、若い社員は出来るだけ多くの職場を経験させることから次の職場へと行くことになった。

寮のY先輩が送別会をしてくれることになった。その2次会で僕はY先輩に「金縛り」の一件を話してみた。そしたら彼は「お前が寝ていたところは、お前が来る少し前に自殺したK君が寝ていたところだ」と驚くようなことを教えてくれた。

その時の記憶が蘇る。僕のところに来た何かは、僕の耳元でささやいた言葉が頭の中でぐるぐる回る。その言葉とは、僕には「死ね」或いは「行け」(ここから手出て行け、早く逃げろと言う意味なのか)と聞こえたように思う。何故、今頃になって、そんな言葉が頭に浮かぶのか分からない。

その何かは、Kさんの魂なのか・・・それとも悪魔のささやきなのか、いまだ持って分からない。後にも先にも金縛りの体験はこの一度だけだ。

TATSUTATSU

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