ストーリー

人生の危機は長い会社勤めの中でまんべんなく来る。若い時は失敗やミスが多い。でもそれは大目に見てもらえる。同じことを二度失敗しなければ。中堅になると、大きくて難しい仕事が回ってくる。それをやりこなせるかどうかで自分の評価が決まる。
そのうちリーダークラスになると自分の仕事だけではなく、後輩の面倒を見なければならない。そして課長クラスの役職者ともなればその会社の顔だ。グループや課をまとめて実績を上げて行く。会社の実力は課長クラスの力量で決まる。
サラリーマンは毎月給料がもらえて気楽な稼業だと勘違いする人がいる。けっこう厳しい世界だ。何もやらなければどんどん自分が落ちてゆく。さらに後輩に追い抜かされることだってありうる。
堅い話をしてしまったが、僕はサラリーマン生活を47年間やっている。もうすでに70才過ぎだ。色々なことを経験してきた。その中には常識では到底考えられぬ不思議なことがある。今でも頭にこびりついている。その話を紹介してゆこう。
今でも忘れられない「金縛り体験」がある。しかし、70年以上も人生をやっているのに、これを体験したのは1度きりだ。
ある会社に入社して、2年目の24歳ごろの出来事だ。地方のある支社に配属された。ほぼ新入社員みたいなもので、先輩社員に同行し、仕事を覚えなければならない。それに営業課では一番若いから雑用なんかも当然やらされる。

3か月ぐらいたつと、先輩から離れ、自分一人で営業活動をしなければならない。この課は花形だ。使えないとなれば容赦なく間接部門に落とされる。総務課・経理課・業務課などには当然エキスパートはいるが営業落第者もいる。とにかく出世のスピードが違うのだ。
常に何かに追われるように猛烈に働く。体はくたくた。当時は今と違って週休2日制ではない。土曜日も5時まで目いっぱい仕事をする。月曜日から金曜日はさらにきつい、夕方5時に会社に戻ってから、営業日誌の作成や売掛金の回収やらその他のデスクワークが山のように積みあがる。
帰宅は毎日9時、10時となる。当然残業手当などない、でも豪華な夕食は会社持ちだ、これが残業代みたいなもんだろーね。寿司やうな丼を食べたこともある。

あの頃、猛烈に働いた。50年近く前の記憶だ。どんな会社も似たようなものかもしれない。高度成長の真っただ中。ぼやぼやしていると時代に取り残されてしまう。何かに追われ自分を見失わないようにする余裕すらない。
当時、独身だ。独身寮に帰って風呂に入って死んだように眠る。でも、朝が来ると早く出社してまた一週間が始まる。だから唯一の休みは日曜日だけだ。でも半日は寝ている。なじみの散髪屋さんに行ったとき、マスターから「十円玉くらいの円形脱毛症が2つある」と言われショックだった。

精神的な疲れだけではなく肉体まで虫食まれていた・・・そう思う。そんなある日曜日、ドロのように眠っていた。朝起きるのが遅いので、必ず寮母さんが雨戸をあけてくれる。
障子紙を通して陽の光が差し込む、うつらうつらしていた。その時、障子が開いて誰かが入ってきたような気がした。顔をそちらに向けようとしたところ、体が動かない、全くピクリともしない。強烈な「金縛り」にあった。

何かが枕元いる。自分の顔を覗き込んでいるような気がした。それは僕の耳に何かささやく、しばらくの間その存在を感じて心臓が凍り付くようだった。それは入った時と同じ障子から姿を消した。そのとたん金縛りが解けた。体中脂汗でぐっしょり、生きた心地がしなかった。その時間は5分なのか10分なのかそれ以上か。僕には物凄く長く感じた。
転勤して半年が経った。幸い、仕事を覚え、新しいお客さんも開拓することが出来た。実績も順調だ。そして1年があっという間に経っていた。転勤の辞令だ、若い社員は出来るだけ多くの職場を経験させることから次の職場へと行くことになった。

寮のY先輩が送別会をしてくれることになった。その2次会で僕はY先輩に「金縛り」の一件を話してみた。そしたら彼は「お前が寝ていたところは、お前が来る少し前に自殺したK君が寝ていたところだ」と驚くようなことを教えてくれた。
その時の記憶が蘇る。僕のところに来た何かは、僕の耳元でささやいた言葉が頭の中でぐるぐる回る。その言葉とは、僕には「死ね」或いは「行け」(ここから手出て行け、早く逃げろと言う意味なのか)と聞こえたように思う。何故、今頃になって、そんな言葉が頭に浮かぶのか・・・。
その何かは、Kさんの魂なのか・・・それとも悪魔のささやきなのか、いまだ持って分からない。後にも先にも金縛りの体験はこの一度だけだ。
TATSUTATSU

















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