ミステリー小説

ミステリー小説「僕のイマジナリーフレンド体験記」あなたのそばにも忘れられない人がいる

ストーリー


「イマジナリーフレンド」とは「架空の友達」のことだ。10才くらいから現れ、そのうちに自然と消滅する。おかしな現象ではなく「子供の発達過程における正常な現象」と言われている。

今から60年以上昔のことになる。僕の家は海岸沿いにあり、近くの砂浜まで歩いて5分くらいだ。夏になると、近くの友人と毎日そこに泳ぎに行く。僕は小学生だ。

海岸から少し沖に行くと、海に突き出た木製の飛び込み台がある。ここの上に登って飛び込むのが僕のお気に入りだ。遠浅の砂浜は物凄くきれいで、海は青く透き通っている。太陽はまぶしく背中が焼け付く、ひと夏に何回も皮がむける。

海の中は色々な生き物でいっぱいだ。いつまで泳いでいても飽きない。砂地にキス、コチ、ハゼなんかがいて、水中眼鏡で底を見ながらモリで突いてゆく。

ある日、僕はワタリガニをモリで突くのに夢中で、日が傾くのも忘れてやつらをを追いかけまわしていた。気が付くとかなり沖まで来ていた。海岸に戻ろうとすると、足に網が引っかかる。

沖の方には安全のため、杭が等間隔に打ってありその杭を囲むように網が張られてあった。海水浴場だから深いところへ行かないようにとの安全対策だ。

取ろうとするのだが網がなかなか外れない。そんな時に何処からともなく赤い服を着た少女が現れ、僕の足から網を取り除いてくれた。少女は同じ年くらいでニコニコしていた。

二人で海岸に上がると砂の上に腰かけて、話をする。何の話をしたのか思い出せないが彼女は何度も頷きながら聞いてくれる。あたりには誰もいない。地平線の彼方に陽が沈むころ、少女にお別れを言って家に帰る。

少女は僕の後をついてくるが海岸から出ようとしない。だから「明日また来るよ」と言って家に急ぐ。僕はそれから毎日海に行くようになった。陽が沈みかけると必ず彼女が現れる。そして話をして帰る日々だった。

ある日、母がこんなことをいう。「ハマユウに向かっていつもしゃべっている。何なの」と・・・母には見えないんだと思った。でも、母は心配して僕を見守ってくれていた。

毎年、夏になると僕は海岸に行く。日が暮れるのを眺めながら、少女を待つ。不思議に少女は年を取らない、最初に逢った時のままだ、でも彼女の顔を見ていると不思議と落ち着く。

そんな僕も中学3年生になって高校受験だ。自然と海岸に行く回数が減ってきた。でも彼女は、たまに来る僕に怒るどころかいつも微笑んでくれる。

高校生になった僕は海岸にほとんど行かなくなった。そして、県外の大学に進学し、さらに就職して結婚もした。少女のことは全く記憶の中に埋没し、思い返すことは無かった。

猛烈サラリーマンの僕は茨城県に栄転した。東京ではまったく家族サービスが出来なかったことを反省し、一人娘を連れて家内と色々なところに出かけた。

暑い夏の日、家族で大洗海岸に海水浴に出かけた。僕は娘を浮き輪に掴ませてやや深いところで泳いでいた。足も届かない深さになったので海岸に向かおうとしていた。そんな時、娘が突然浮き輪を放して、沈んだ。僕は真っ青になって娘の手をつかもうとした。

ところが娘はすぐに浮き上がってきた・・・よかったと心底思った。娘は海の中で、赤い服を着た女の子が押し上げてくれたと言う。僕の脳裏に昔の記憶が蘇る。

少女と夕暮れの海を眺めながら過ごしたあの情景が胸を押しつぶそうとする。彼女は今でも僕のそばにいてくれたんだ。でも、僕には少女はもう見ることが出来ない。

娘が突然「お父さん、泣いているの?」と笑う。あのきれいだった海、夕日が地平線を照らし、キラキラ光る。あんな景色は二度と見られない。

実は、高校生になった時、何度か夕暮れの海岸に出かけた。でもあの少女を見ることは無かった。母から昔、この海岸で赤い服を着た少女が水死したと聞かされた。それが理由で、沖に網がはられるようになった。

小学生のころの輝く海は、工場排水、家庭排水によっていまでは茶色の海になっていた。海水浴場としても適さないと、誰も泳がない・・・美しい海は人々の記憶から消された。

これらが僕が海に行かなくなった理由かもしれない。でも少女はここにずうっといた。僕は既に老人になった。娘は結婚し孫が見られた・・・もう思い残すことは無いかもしれない。

僕が死んだとき、灰を海に流してほしい。そしたらもう一度少女と逢えるかもしれない。そんなことを考えるようになった・・・僕の現在の心境だ。

TATSUTATSU

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