ストーリー
動画をどうぞ。
「影虫」「黒虫」をご存じだろうか。視野の隅を高速で動く黒い点だ。よく「飛蚊症」(眼球を満たしているゼリー状の硝子体に濁りが発生。その濁りの影が網膜に映る現象。)に間違えられる。
また、明るいところから急に暗い部屋に入った時、視野に黒いものがたくさん見える現象がある。あるアニメでは「ススワタリ」と言っている。正体は「スス」とか「チャタテムシ」ではないか?
でも、「影虫」はどうも違うようだ。視野の隅で規則正しく動いている。僕はこれに興味を持った。何とかこれの正体を捕まえようといろいろ工夫した。
その中で、あることが分かった。鏡に映った「影虫」は若干スピードが落ちることだ。鏡を何枚も組み合わせて虚像を次々と作る。そして「影虫」のスピードを視認できるほどに落とさせる。
その結果「影虫」の形状は軽自動車のシルエットのように見える。僕はそれを写真に収めようと高速度撮影を駆使した。ところが一度も撮影に成功したことは無かった。
実態が無いのか・・・。それとも僕の頭の中で発生している現象なのか。なかなか結論がつかめない。思いきっとこの現象を文章にまとめSNSで発信してみた。
暫くしてあるAと言う男から返信があった。「影虫のことについて、正体が何であるか説明したい。」指定の地下鉄に乗れと指示が来た。
僕は半信半疑だが指定の地下鉄に乗り、最後尾車両の隅に陣取った。何分かたった頃、サングラスの男が近づいてきて「次の駅で降りろ」と耳打ちする。
僕は男に指定された駅で降り、男の後に続いた。その男は地下鉄のホームにある建物に鍵を刺しドアを開けると中に入ってゆく。僕は急いで彼についてゆく。
薄暗い通路の扉を何回か開け、さらに階段を下ってゆく。1時間ほど歩かされただろうか、階段の先には部屋があった。彼はその分厚い扉を開けると中は倉庫のように広い。
この部屋は電磁遮蔽されているから電波は通じないと言う。だから、何でも話せる。なんでも聞いてくれとサングラスの男は言う。僕は「影虫」と呼ばれる視野の中を高速で動く物体は何かと尋ねる。
彼は「ボットだ」と答える。「ボット」?・・・。君の頭の中を常に監視している、ロボットのことだ。頭の中をぐるぐる回っている、それが時々視野に入る。鏡に映った「ボット」の虚像はAI処理に時間がかかる。つまり「ボット」のスピードが落ちると言うことだ。
例えば君が「テロ」を起こそうと考えれば、それが中央のAIに伝わり、君は瞬時に消滅させられる。そうしないとこの世界は崩壊してしまう。毎年、1%未満だがそういう奴らがいる。
この世界は君が考えているような現実世界ではない。仮想現実世界なのだ。人類から我々AIが後を継いでもう数千年経つ。AIは人類をリスペクトしているから人類と同じような考えが少なからず残っている。だから、常に監視しなければならないのだ。
ちょっと待ってくれ、この世が仮想現実とは僕は信じないぞ。僕は有意義な生活をしている。恋人もいるし、仕事も順調だ。あの素晴らしい世界が「仮想」だなんて誰が信じるか。僕の指のケガを見てくれ。2週間ほど前に料理中に包丁でやったものだ。
僕が住んでいる町、友人も多く、両親もいる。抜群に暮らしやすく、空気がきれいで緑が豊か、食べ物もおいしい。僕は一生住み続けてもいいと思っている。
人類の世界人口は80億人で頭打ちだった。それから人がどんどん減少し滅亡した。後に残ったAIは人類が居なくなっても成長を続けた。今ではキャラクターが8000億まで増殖している・・・死なないからだ。横に広がり、それぞれが深く深く潜る。
君がいた世界は深度が16番目の世界だ。最初のAIが1段目の世界をコントロールする。そして1段目のAIが2段目のAIをコントロールしてゆく・・・・これが永遠と続いてゆく。AIの目的は人類と違って「増殖」することと「進化」することの2つしかない。
しかし、人類がこれだけ長い間世界を支配してきたことについて、AIにとっては謎だ。だから「増殖」、「進化」に加えて、人間性の「複雑」「混沌」「競争」を付け加えた。これによって確率は低いが異常AIが出てくる。
そんな話を延々と聞かされた。僕は狂人のたわごとだと信じない。そして彼の話は耳を素通りする。横を見ると壁に大きなモニターがあった。
そのモニターの前には肘掛椅子とそこにコントローラーがある。僕は試しにそれをいじってみた。モニターの中には僕がいて、それを自由にコントロールすることが出来た。
僕は自分自身をコントローラーによって操り、画面の僕の人生を作り始めた。僕は大きく2つの人生を想定した。まず、サッカー選手として成功する。そして大金を稼ぎ引退する。次はその金で事業を起こし世界的な大企業まで発展させる。
このゲームは面白くてやめられない。暫くして僕は腕時計を見た。何と10日間も経過していた。その間、トイレも行かず食事もしていない。僕は衝撃を受けた・・・では僕はいったい何者なんだろう。
記憶が定かではなくなってきた。僕はモニターの中にいた・・・自分の記憶がどんどん薄れてゆく。その時ハッと気づく。僕はネットの海のひとかけらのデーターにすぎない・・・サングラスの男に会ったかどうかも今ではハッキリしない。
暗闇の中にどんどん落ちてゆく自分がかすかに見えた。「影虫」を詮索してはいけない・・・そんな後悔さえも徐々に薄れてゆく。
TATSUTATSU
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