ストーリー
日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。
僕の親友の話をしよう。彼の名は龍太郎だ。僕はリュウと呼んでいる。彼とは物凄く仲が良くて高校から同じ大学しかも同じ研究室に進んだ。そんな彼が最近学校によく遅刻して来る。しかも疲れ果て、顔色が悪い。
僕は病気でもしたのかと声をかける。ところがリュウは至って元気だと答える。確かに顔はやつれているが精神は高揚しているように見えた。しかし、彼の身に何かがが起こっていることは間違いない。
僕は心配になってアパートを訪ねる。彼の部屋に入った瞬間、ふと寒気が走った。ついさっきまで何かがいたような気がする。そしてかすかな「異臭」を感じた。いままで経験したことのない「匂い」だ。きらびやかな匂いだが「死臭」のようなものが混ざっている。
僕は何があったと問い詰める。リュウは重い口を開き不思議な話をする。大学から帰る途中、道路の隅の暗闇から突然、真っ黒な何かが現れた。そして足元にまとわりついて中々離れようとしない。よく見ると可愛い顔をした子猫だ。赤い首輪をしている、飼い猫だろうか。
いつまでも後をついてくる、もう夕暮れだ。車に轢かれたらかわいそうだとアパートに連れて帰った。明日にでも大家さんに、ネコの飼い主を見つけてもらおう。そして子ネコのエサを買いにコンビニに急ぐ、今夜は子猫と一緒に寝よう。
眠りに入った真夜中、ドアをたたく音に目が覚めた。時計をみると2時だった。ぼおっとした頭でドアを開けるとそこには少女が立っていた。「子ネコを受け取りにまいりました」と言う。
こんな真夜中に少女がと思ったが・・・きっと夜通し探していたに違いない。子ネコを手渡した。子ネコは少女に抱きかかえられて安心したようだ。少女は「ありがとうございます」と言葉を残して帰って行った。
それから、次の日の夜、若い女性が訪ねてきた。時計を見ると昨日と同じ真夜中の2時だ。女性は「アケミ」と名のった、歳は17、18くらいだろうか。そして「昨日、妹がお世話になりました」と挨拶して帰って行った。和服を着た昔風の清楚な女性だ。
その日を境にアケミは毎晩、同じ時刻に訪ねて来る。そのうち部屋に上がり込んで話をするようになった。面白いことに明治の文学者 夏目漱石についてとても詳しい。正岡子規や森鴎外の話もする。
まるで彼らと一緒に暮らしていたような細かいことも教えてくれた。彼女の話を聞いていると毎日飽きない。でも不思議なことにテレビを見て・・・これ何という。テレビをつけてあげるとびっくりした顔で見入る。テレビを知らないなんてそんなことあるのか・・・。
リュウの話を聞いてびっくりした。夢の中の出来事を現実と混同している。精神が壊れてしまったのか・・・。僕は彼の話が信じられなかった。彼は今晩泊ってゆけと言う。
僕とリュウはファミレスで食事を取り、部屋でうとうとしながら夜を明かした。でもアケミは現れなかった。リュウは不思議な顔をして「おかしいな」と首を傾げた。
暫くして僕は真夜中にリュウを訪ねた。彼はアパートの2階に住んでいる。外階段を登り切った時、リュウの玄関ドアが開いた。リュウは笑顔で何かを迎え入れようとしていた。その時、雲が切れて月が出た。月明かりに浮かび上がったのは半透明の人影だった。それは和服に日本髪、大きな髪飾りをしている・・・僕を見るように顔を少し向けた。
僕は心臓が止まるほど驚いて階段から転げ落ちそうになった。急いでアパートに逃げ帰ったが一睡もできなかった。幽霊と思われる女性の姿が瞼に焼き付いた。しかも、何処かで見たことがある・・・思い出せない。次の日、この話を大家さんにしたところ、近くのお寺の住職を紹介された。
僕は由緒ある寺の住職に全てを話した。ひょっとしたら「冥婚」かもしれない。台湾などの中華圏では、未婚の若い女性が亡くなった場合「冥婚」と称して、遺体と生きている男性を結婚させる儀式がある。。そうしないと、娘の霊が現れ災いを起こすと言われている・・・と住職は言う。
あくまで言い伝えであって、今では信じない人が多い。墓場にいた若い女の霊が君の友人を好いたのだ。お札を玄関ドアに貼っておきなさい。住職は代々寺に伝わる古い古文書をめくる。ああこれだと見つけた呪文らしきものを短冊に書き写した。
僕はリュウを説き伏せ、ドアにお札を貼り付けた。それから数日してびっくりする出来事が待っていた。リュウが失踪したのだ。後でわかったことだが、アパートを引き払い、大学にも休学届を出していたらしい。周りに迷惑をかけないところが彼らしい。
僕は青くなって、関係先を探したが全く持って行き先がつかめなかった。僕がやったことがリュウのために良くなかったのか・・・・僕は相当苦しんだ。数年して僕は大学を卒業し、企業に就職した。それからリュウに巡り合うまで10年ほど経つ・・・。
初夏の熱くなり始めた頃、僕は出張で四国の松山にいた。仕事を終え、週末になったので道後温泉にでも行ってみようと思った。近くには正岡子規記念館や夏目漱石にちなんだ「坊つちゃん列車ミュージアム」もある。
温泉街を歩いていたところ、前から歩いてくる見覚えのある男に出会った。近づくにしたがってリュウであることが分かった。向こうも気づいたようで笑顔が見える。僕はリュウに抱き着く・・・生きていたんだ。
リュウはGパンとTシャツのいでたちで白い帽子をかぶり、背中にリュックを背負っていた。積もる話がある、今日はここに泊まろうと誘った。リュウは持ち合わせがないと難色を示したが、僕が払うからと強引に旅館に入った。
リュウとは明け方まで話をした。話を要約すると・・・。ドアに貼ったお札のためにアケミは入ることが出来なかった。アケミはドアの外でずうっと泣き続ける。いたたまれなくなったリュウはドアを開けお札を取り除いた。その夜にリュウは一線を越えた。
アケミは「私の居場所を教えてあげるから来て」という。懐中電灯を持ってアケミの後を追いかける。暫く行くと道路に面した墓地があった。古いお墓の前に来ると、墓を開けてと言う。墓の石を少しずらすと骨壺があった。アケミはこれが私だと言う。
墓石には戒名が書いてあって読めなかったが、日付が明治39年(1906年)となっていた。100年以上もここに眠っていたのだ。それがどうして僕の所に来たのだ・・・アケミは前の道路を歩くリュウに惚れたと答えた。
アケミはリュウと一緒に日本中が旅したいと言う。僕は悩んだが彼女の願いをかなえることにした。骨壺をリュックに入れて旅を始めた。気が付くともう10年にもなる。今ではアケミは僕の守護霊のような存在で、一心同体だ。
アケミは不思議な能力を持っている。未来を見通せる能力や人に憑りついた悪霊を見抜く力だ。僕はアケミが見える。彼女の手を握るとその能力が僕に伝わる。この能力で生活の糧を稼ぎながら旅をする。拝み屋として除霊をしたり、アルバイトも旅の途中でやってきた・・・と言う。
ところが次の日、リュウが高熱を出し寝込んでしまった。僕は近くの病院を探し、タクシーで乗りつけた。医者は軽い貧血だと点滴を打ってくれた。そして体を診ると栄養失調の兆候がある、休養と栄養を取らせなさいときつく言われた。僕はリュウを東京に連れ帰った。そして知り合いの病院に頼んで暫く入院させることにした。
僕は偶然など信じない。きっと、アケミが僕をリュウに会わせてくれたと思っている。彼女は「霊」だリュウの病気は治せない。仕事が終わってからリュウの病室に面会に行く。彼の顔色は次第に良くなってゆく。このまま、ここに居ついてくれる事を願っている。
東京には夏目漱石にまつわる記念館が色々ある。その一つを訪ねてみた。館内を色々とまわってみる。壁に古い写真があった。驚くことに、よく見るとそこにはアケミがいた。漱石の子供なのか、親族なのか・・・。あの月明かりで見たまぎれもないアケミだ・・・。
TATSUTATSU
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