ストーリー
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僕はもう70才を過ぎた、長いこと生きていると不思議な体験は一つや二つではない。多くの説明のつかない経験をしてきた。未来や過去を垣間見たり、夢が現実になったこともある。初めての場所なのに懐かしさを感じたり。僕に微笑む見知らぬ人と出会ったり、危険人物とも遭遇した。その中でも最も説明のつかない体験を紹介しよう。
僕は若いころ、山登りにはまったことがある。有名な山はほとんど登り尽くし、秘境を探検するようになった。とにかく人がいない山を目指した。
けもの道を歩き沢を登る、季節は初夏で通り抜ける風が心地いい。沢の途中にある大きな岩を回ったところ。右へと続く一本道があった。道の周りは開けていた。暫く行くと深い森に突き当たる。後ろを振り返ると歩いてきた一本道がくねくねと折り曲がっているのに気が付いた。不思議だと思ったが気にも留めなかった。
さらに森に入ってしばらく歩くと、前方にブルーに輝く泉が見えた。そこに向かうと、泉の淵の大木にもたれかかった少年が見えた。少年は泉に釣竿を投げ入れ、魚を釣っていた。
僕を見つけると微笑む。僕は少年の顔を見た。なんとも言えない懐かしさがこみあげて来る。見たことのある顔だ。でも何処で出会ったか思い出せない。
少年はバケツに入った魚を見せてくれた。その魚はエメラルドのように輝くヒレをもった美しい生き物だ。例を挙げるなら「ネオンテトラ」を大きくしてヒレをつけたような感じだ。
僕はこの魚は食べるのかと聞いたところ、「とんでもない、僕の家の池に放すのさ」という。彼はこの場所は「観念の森」という。そして自分の思いが現実となる場所だとも言う。
彼は大木の枝を見ろと指をさす。枝には「スイカ」がなっていた。びっくりする僕を見て彼は説明してくれた。「この場所は希望を叶えてくれる場所だ」「昨日、スイカが食べたいと祈ったのさ」。
少年はバケツとスイカを持って歩きだす。そして「僕の家においでよ」と誘う。僕は少年に言われるままついてゆく。森を通り抜けたところに小さな小屋があった。小屋の中には粗末なベッドと机、テーブルや椅子があった。
僕はテーブルの椅子に座った。そして少年に話しかける。不思議なことに、僕の口からとめどもなく言葉が出てくる。少年はそれに相槌を打って微笑みながら聞いてくれる。気が付くともう何時間たったのだろうか、外が暗くなってきた。
僕はここに泊まってもいいかと尋ねた。少年は「泊ってももいいけど、一晩明けると帰れなくなるかも知れないよ」という。少年はせかすようにランタンを持って外へ出た。僕を先導してくれるようだ。僕は月明かりの中を少年についていった。暗闇の中には虫たちの鳴く音が耳に響く。
僕は少年に語り掛ける。「独りぼっちで寂しくないのかい」と。少年は「寂しくなんかないよ」と答える。「また会いたい」と言うと。「また会えるさきっと」と言ってくれた。
今から考えるとあの場所にどのようにして行ったのか、そしてここに戻ってこれたのか分からない。その部分の記憶がはがれるように抜け落ちている。自分としてはそこにいたのは数時間程度と思っていたが三日も経っていた。この話は誰も信じてくれない・・・当然のことだ、僕でさえも今では記憶があいまいだ。
3次元の世界に住んでいる人が、4次元や5次元の世界を認知できないように、僕らのすぐ近くには並行世界が存在する。どこまで行ってもこの世界は交差しない。どこまで行っても平行なのだ。
ところが偶然なのか、ぽっかりと穴が開くことがある。僕が沢からの一本道を通った後振り返ると道がジグザグになっていた。つまりその通ってきた道の途中が異世界への入り口ではないかと考えている。
この体験をして数年たったころ。僕は古いアルバムを整理していた。その時、あの場所であった少年と瓜二つの写真を見つけた。それは父の少年時代の白黒の写真だ。
僕が異世界で会っていたのは、少年時代の父なのか・・・時空を飛び越えて会えるはずのない体験をしていたのか、今ではそう考えることにしている。少年と別れ際に交わした言葉「また会えるさきっと」が現実になることを祈り山登りを続けている。
TATSUTATSU
「僕の金縛り体験記」
「連鎖する惨劇」
「クリスマスの雪女」
「幽霊が見える男」
「緑の少年」
「真夜中の鏡の怪」
「死相が顔に現れる」
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