ストーリー
日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。
リュウは渋谷の駅前を歩いていた。突然アケミ(リュウの守護霊)が服を引っ張る。こんな珍しい光景を見たのは久しぶりだ。リュウはアケミの手を握る。そうするとアケミを通して霊が見える。
斜め左の男だ。彼の肩にべったりと動物らしき霊が憑りついている。キツネなのかタヌキ、或いは野犬なのか判別は難しいが間違いなく人の霊ではない。一般的には人間に動物霊が憑りつくことはほぼない。
彼はその男を呼び止める。「私はリュウと言う拝み屋です」「あなたには動物の霊が憑りついています」・・・「少しお話しできませんか」と切り出した。
その男は結構若く「カズオ」と名のった。私の職業をほとんど人は信じません。拝み屋なんて世の中にいませんものね。でも、時間があるなら聞いてみても損はありませんよ。
カズオは思い当たるふしがあるのか、最初少し驚いたようだが話に乗ってきた。近くのファミレスに入る。リュウは「拝み料は5000円いただきます」とまずしっかりとお金の話をだす。
カズオは半信半疑のようだが話し始める。今から10日ぐらい前の出来事だ。カズオは群馬県の山奥に住んでいる。ある夕暮れ、一頭のキツネが庭に出てくる。少々元気がない。よく見ると右の前足に傷を負っている。
あの傷では食べ物を取ることが出来ないと、ネコのペットフードや冷蔵庫の生肉をお皿に盛って与えた。それから毎夕、同じ時間に庭に現れるようになった。同様にエサを与える日々が続いた。
ところが5日目にカズオの所に来たキツネは目の前で横になると死んでしまった。右足はひどく化膿していた・・・これが死因の原因だ。きっとワナにかかった時に痛めたに違いない。ここらでは農作物被害避けにワナを仕掛けることがある。害獣駆除のためだ。
カズオは庭の隅に穴を掘ってキツネを埋めてやった。ところがその日からおかしくなり始めた。夜になると夢遊病者のように森を彷徨うらしい。ある雨の夜には泥だらけになって帰ってきた。本人は全く身に覚えがない。
どうも夜になると森を徘徊しているようだ。仕事が忙しいこともあって心身とも疲れていたのかもしれない。夢遊病は近くの病院に行っても良くならない。色々さがした挙句、東京の専門病院に出かけた。その時にリュウに偶然会ったようだ。
キツネの霊はよほど強い怨念がなければ人に憑りつくことはまずない。カズオさんの話を信じてもいいがどうも腑に落ちない。
カズオは話しを続けた。僕が思うには、雄ギツネが死んでしまって雌ギツネは子供たちに与えるエサに困ったに違いない。雄の霊が僕に乗り移り、毎夜エサを巣穴に運ばせたのではないかと思う。ペットフードがかなり減っていた。
今の話が原因と考えられますか。では対処方法をご説明します。人間から動物霊を引き離すには「生餌」がいる。生餌を使って動物霊を引きはがすのです。(カズオにはあらかじめモルモットを用意するように言っておいた。)
部屋を暗くして、カズオの横にケージに入ったモルモットを置く。アケミの念仏がリュウの口を通して部屋中に広がる。20~30分程した時、カズオの体から黒い影がモルモットに乗り移る。念仏を止め、リュウが話し始める。このモルモットを今夜、キツネの巣穴近くに放しなさい。
モルモットがキツネに食べられれば、その時にキツネの霊はほかのキツネに乗り移る。ほどなくあなたの夢遊病は消えてゆくと思います。暫くしてから結果を連絡してください。
今日はこの近くの温泉に泊まりますとリュウはカズオの家を後にした。旅館に到着したリュウはすぐにお風呂に入る。お風呂でくつろいでいた時、へんな噂を耳にした。それはカズオに関するものだった。
「あそこの家の息子は乱暴者だ」「キツネの巣から子ギツネを引っ張り出して撲殺したらしい」・・・少し残酷すぎやしないか。キツネだって畑を荒らすネズミやウサギを食ってくれる・・・役に立っているんだ。
キツネの霊が人間に乗り移るには強い怨念が必要だ。カズオはそれだけキツネに恨まれていたのかもしれない。カズオの話と大きく食い違う・・・どちらが真実なのだろうか。
東京に帰って暫くしてから、カズオからお礼の電話が入る。夢遊病が完治したとのことだ。リュウは電話で「動物も命を持っています。」「むやみやたらに殺さず優しくしなさい」と・・・。
電話口で暫く沈黙があった。そして「ハイ」とカズオは答えた。人間は時として暴力的になることがある。でも心の底には優しさがあるはずだ。それを信じたいとリュウは思った。
人間と動物は繋がっている。生き物は全て太古の昔から同じように進化してきたのだ。そして、その頂点に立っている人間こそが彼らを守ってあげないと・・・。そんな風にリュウは思った。
TATSUTATSU
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