サマリー
この映画は、あまり楽しく無く、観るのがつらい映画であり心が痛む。ひょっとしたら誰しも将来自分の身に起きるかも知れない怖さをはらんでいる。
アリス(ヒロイン)が少しずつ壊れてゆく。あれだけ優秀で大学の言語学教授を務めた女性が「若年性アルツハイマー」と診断され自分を失ってゆく。
しかも彼女の場合は特殊な遺伝性のもので、父親から負の遺伝子を受け継いでいる。そして自分の子供3人の内1人はこの遺伝子に対し陽性、つまり病気が遺伝している。
彼女は自分ばかりか子供にまで不幸を背負わせてしまい心が張り裂ける程つらい体験をする。でも自分の家族みんなが励ましてくれる。これが彼女の心の支えである。
彼女は病気の進行とともに、自分自身すら認識出来ないようになってゆく。そして肉親や家族の顔も忘れてしまう。彼女は周りの人間を不幸にしてゆくが・・・・本人は何も知らない。
彼女は病気の初期の段階で、自分が自分を認識出来なくなった時、自殺するように未来の自分にメッセージを残す・・・・・・これが正しい選択なのか誰にも分からない。
夫のジョンとアリス
日本においても現代の老人社会で、認知症と言われる病気が話題になっている。多くの人達が晩年に通る道であり、とても他人事とは思えない。
2006年堤幸彦監督、荻原浩原作、渡辺謙主演の映画「明日の記憶」を思い出す。この作品も「若年性アルツハイマー病」を取り上げており、大きな反響を呼んだ。
2015年日本公開のアメリカ映画、監督はリチャード・グラツァー、ワッシュ・ウェストモアランド、主演はジュリアン・ムーア(エデンより彼方に、トゥモロー・ワールド、フライト・ゲーム)、原作はリサ・ジェノヴァの同名小説である。
この映画で彼女は第87回アカデミー賞主演女優賞を獲得している。
ストーリー
アリス(ジュリアン・ムーア)は50才の誕生日を家族みんなに祝ってもらい、幸福の絶頂期にあった。
彼女は夫で医師のジョン(アレック・ボールドウィン:ブルージャスミン、ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション)、長女のアナ(ケイト・ボスワース)長女の夫チャーリー(シェーン・マクレー)、長男の若手医師トム(ハンター・パリッシュ)に囲まれていた。
ただ残念なことに、女優志望の次女リディア(クリステン・スチュワート:トワイライトシリーズ)は仕事の関係で出席出来なかった。
アリスはコロンビア大学の言語学教授であり、彼女の論文や教科書は広く世の中に知れ渡っている。今日も学生達の前で講義だ。
ところが講義の途中に言葉が突然出てこないアクシデントに見舞われる・・・でも自分の歳を考えれば些細な事だと気にしなかった。
アリスは次女のリディアを訪ねる。彼女は女優を目指しているがなかなか芽が出ない。アリスは彼女に大学に行ってまともな職業に就くことを望んでいた。
彼女は何時もの様にジョギングに家を出る。ところがある広場まで走ると、周りの景色が頭の中でグルグル回り続け、自分が何処にいるのか見失ってしまった。
彼女は自分に異変が起こっているのではないかと不安になり、神経科専門医の診断を受ける。かかりつけの主治医は更年期障害ではないかと言うが、最近物忘れが激しく、先日ジョギング中に自分がいる場所が一瞬分からなくなった事がある。
医師の診断においては特に問題になる点は見られなかったが、念の為にMRI検査(磁気の力を利用して体の臓器や血管を撮影する検査)をする。
特に異常は見られなかったが、年齢に比べて近時記憶障害が高いことからPET検査(微量の放射性物質を注射し臓器の血流や代謝機能を測定する検査、癌・心疾患・認知症・アルツハイマー症などの診断に使用される)を追加で行うことになった。
検査の結果、脳の画像においてアミロイド値が高く、彼女は「若年性アルツハイマー症」であると診断される。また、遺伝子検査の結果とてもめずらしい家族性アルツハイマー病であることも分る。(彼女は父親から負の遺伝子を受け継いだようだ。)
長女アナと夫のチャーリー
彼女の子供には50%の確立で遺伝し、アルツハイマー症の遺伝子を持った子供は将来100%病気が発病すると通告される。
アリスとジョンは子供達を集め、彼女の病気のことを告げる。そして子供に遺伝することから遺伝子検査をして欲しいと訴える。アリスは泣きながら子供たちに謝る。
アリスは大学の講義内容すら思い出せなくなる、教授職も辞退しなければならない。いっそ癌の方が良かったと自分を責める。
長女のアナからアリスに電話が入る。彼女はひどく落ち込んでおり遺伝子検査の結果、陽性とのことであった。アリスはただただ彼女に謝るしかなかった・・・・・・。
アナは人工授精する予定で、事前に遺伝子検査が出来ることから、アリスの孫には遺伝しないことが幸いだったと彼女を慰める。
長男トムは遺伝子検査で陰性、次女リディアは検査を拒否したとのことであった。
彼女は友人との約束や、自分のスケジュールさえ忘れるようになってきた。薬は症状を緩和させるが残念ながらアルツハイマーの進行を防ぐことは出来ない。
アリスはこっそりと老人介護施設を見学した。自分が近い将来ここに入居しなければならないかと思うと胸が張り裂けそうだ。
彼女はパソコンに未来の自分宛にメッセージを残す。自分自身の誕生日や住所、年齢が答えられなくなったら次の段階に行きなさい。
寝室のドレッサーの一番上の引き出しの奥に薬(多量の睡眠薬)がしまってあるから、それを全部飲んで、ベッドに横たわるのよと・・・・。
アリスは家の中のトイレの場所さえ分らない様になってしまった、そして失禁する。
彼女は私が私でなくなる前に、色々なことをしておきたいと望む。夫のジョンと旅行に行きたい、本も読みたい、そして娘達や息子とも最後の交流をしておきたいと・・・・・・。
家族で集まって美味しい料理を食べる、楽しいひと時だ、時間が止まってくれればと思う・・・・・。長女のアナは双子が授かったようだ、おめでたいが時がどんどん過ぎて行く。
アリスは質問に答えられなくなってくる、そろそろ次の段階に行く時だ・・・・・彼女は自殺してしまうのか、後は映画を観てね。
ネタバレ
アリスは自分の娘も分らなくなってくる。でも頑張って認知症介護の会議で感動的なスピーチをする。
アリスの奇行が始まる、真夜中に家じゅう散らかして携帯を探す。長女のアナを自分の亡くなった姉と間違える。時間のずれが激しくなる・・・・一週間前の出来事を昨日のことの様に話す。歯磨きチューブをガラスにこすり付ける。
彼女の病気は進行が早い、教育程度が高い人ほど早く病気が進むようである。
アナが双子を産んだ、病院へジョンと駆け付け、孫を抱きしめる。彼女はうつろだ、時々自分の子供時代に戻っているようだ。
アリスはたまたま、かなり以前に保存したファイルを開けてしまう。そこには昔の自分が写っており、ドレッサーの引き出しの奥にある薬を全部飲みなさいと・・・・・動画で自分にアドバイスしてくれる。
彼女はドレッサーのある場所に行き、一番上の引き出しを開け薬のビンを取り出す。ビンを開けて薬を飲もうとしたところ訪問者が現れ、薬を全部床にまき散らしてしまう。
もう彼女には自殺をすることさえ出来なくなっていた、そして自殺の意味さえも理解することは無いだろう。
アリスとジョンとリディアはニューヨークに引っ越す、リディアは母の面倒を見るつもりだ。アリスは子供のころに戻っていた、きっとリディアを自分の姉の様に思っていることだろう。
レビュー
アリスは認知症介護の会議で感動的なスピーチをする。病気の為に物を無くし、眠りを無くし、方向感覚を無くし、記憶を無くす、最後には悲しみまで無くしてしまうのか・・・・・・そして病気を憎むと自分の思いを述べる。
アリスの娘アナも将来アルツハイマー病になってしまうのも悲惨だね。でも頑張って双子を産んでいる、この双子が病気を持っていないのが救いだ。
「自分が壊れてゆく」病気だなんて最悪だ。現在でもまだこの病気の治療法は見つかっていないが、将来見つかることを祈るしかない。
ジュリアン・ムーアの演技は素晴らしい、この役になりきる為に大変苦労したことがうかがえる。病気になる前の彼女と、病気の末期症状の彼女ではまるで別人のように変わっている。彼女あってのこの映画だと思う。
ところでアレック・ボールドウィンは作品に恵まれている。この映画の前の「ブルージャスミン」でも共演者のケイト・ブランシェット(ロード・オブ・ザ・リングシリーズ、ホビットシリーズ)にアカデミー賞の主演女優賞を取らせている。自分自身は賞が取れなくても、共演者を引き立てるとは、隠れた才能を持っている。
この映画には監督が二人いる。監督のリチャード・グラツァーはASL(筋委縮性側索硬化症)の悪化でワッシュ・ウェストモアランドの協力をあおいでいる。難病の監督が難病映画を撮っているから患者の気持ちがよく伝わって来る。残念ながら彼は今年の春に亡くなっている。
アリスは将来の自分の為に自殺を用意する。この選択が正しいかどうかは、この映画を観る人がどう思うかだが、僕は仕方のない選択だと思うね。
辰々
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