ストーリー

日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。

例えば、東京の丸の内や銀座、有楽町の雑踏を歩いている時、あなたはふと「孤独」を感じたことは無いだろうか。群衆の中に埋没する「自分」にハッとする。行き交う多くの人たちは何かをしゃべりながら通り過ぎてゆく。しかし、よく見ると「目」が笑っていない。
自分が物語の主人公であれば、通り過ぎる群衆は全てモブキャラ(背景の一部として描かれる脇役)のようだ。小さい時、夜空を見ながら歩いていると「月」が自分を追っかけて来るように見える。これは地球と月との距離がかなり離れているため月からの光が地球に平行に届くからと説明されている。
でも、それは本当だろうか。自分が誰もいない道で、一人で歩いている。ところが誰もいないのに、後ろから見られているような気がする。振り返るとそこには「昼は太陽」「夜は月」がいる。これは「真実」なんだろうか。或いは見張られているのか・・・。
映画「マトリックス」では、全てのエネルギーを失ったAIは、人間を容器に閉じ込め夢を見させ、その体から出てくる生態エネルギーで生きている。人間は仮想現実世界の中にいる。そう考えると我々の世界はリアルな世界ではなく「仮想現実世界」であってもおかしくない。

「13F」と言う映画がある。ある主人公がコンピューター内部に仮想現実世界を作り、研究している。ところが自分が目を覚ますと血まみれのシャツがそばにある。自分が寝ている時に勝手な行動をとっているのか。それとも誰かに操られているのか。
主人公は自分が作った仮想世界と現実世界を行き来している。ところが彼は「この世の果て」を見てしまう。自分が住んでいる現実世界は「間違いなくリアルである」と思っていたがそれが間違っていたとは・・・仮想世界にいたのだ。
この世界が仮想現実世界である「証拠」は見つかっていない。しかし、イーロン・マスクを始め多くの人々が「証拠」を掴もうと必死になっている。もし、この世界がコンピューターによって作られた仮想現実世界であれば必ずバグ(誤り・欠陥)はある。それを見つけるのが近道だ。この物語はそれをテーマにしている。
早春に早起きして雨戸を開ける。朝日が差し込んでくる。と同時に蚊のようなブヨのような虫がキラキラと光を受けて輝く。朝日がまぶしいのは予想できたが虫が飛んでいるなんて考えつかなかった。この世はやはり「リアル世界」なんだろうか。

僕はある大富豪から依頼を受けて「この世は仮想現実世界」である証拠を調査・研究している。一番確かなことはもし僕が宇宙ロケットに乗っていればどこまでも旅をして「この世の果て」を見届けたい。でも、現実としてそれは出来ない。
宇宙は95%が暗黒物質だ。僕らが見ているのは5%に過ぎない。これこそコンピューターの限界だと言えないことは無い。しかし、宇宙は広大だ、「証拠」を見つけるには無理がある。
そこで僕は「深海」に目を付けた。一番深い海溝はマリアナ海溝で深さ約11Kmもある。エベレストが約8.8Kmであるから、これよりも深いことになる。その他、トンガ海溝、フィリピン海溝、ケルマデック海溝・・・が深い。
日本の近くでは伊豆・小笠原海溝(9.8Km)、千島・カムチャツカ海溝(9.6Km)、日本海溝(8.1Km)が有名だ。当然こんな深くまでコンピューターがカバーできるとは思えない。必ず手抜きやバグがあるはずだ。

まず、マリアナ海溝、トンガ海溝、フィリピン海溝を調査してから日本近海にシフトしようと考えた。大富豪にお願いして潜水艇を建造してもらい、海洋探査船をチャーターして調査が始まった。
海の底は真っ暗闇で音も無い。気圧は1000を超える高圧。水温は2℃程度だ。こんな極限の世界でもエビやらクラゲやら深海魚などの生物はいる。しかし、僕らの目的は違う。海溝の底を目を皿のようにして進む。
一週間に3日、一日5時間程もぐる。こんな生活をもう二年もやっている。精神もすり減り限界を迎えようとしている。なんでこんなことをしているのだろうかと自問自答する。スタッフも相当に疲れている。しかも、成果は全くない。
バグは必ず海溝の底にあると提案してきた僕は間違っていたのか・・・。そんな時にアシスタントのK君から朗報が入る。海底生物にデーターを絞ってまとめてみると、二か所でおかしな点が見つかった。マリアナ海溝と日本海溝だ。

海底生物の種類と数量がまるである部分をコピーするかのように繰り返されている。おかしい、本来ランダムであるはずの生物の数・種類・泳ぎ方が全く同じだ。例えばエビの次は深海魚、その次はクラゲの順で視野に入ってくる。これが10m間隔で繰り返される。コンピューターがわざと手を抜いているのか、それともバグの一種か・・・。
この繰り返されるパターンを進んでいくと正面に画像が途切れた真っ白に光る世界がある。そして、それ以上進めない。やっと見つけた「この世の果て」だ。この画像を録画して持ち帰る。これを見た大富豪の老人はついに見つけたと大喜びだ。
そして、老人は自分の目で直接見てみたいと医者の制止を振り切り潜航艇に乗り込む。目的のマリアナ海溝に近づいた時、そこにあったはずの「この世の果て」が見つからない。既に修復されているのか・・・・。次にもう一か所の日本海溝にもぐってみる。
同じような生物群のパターンを追いかけ、暫くそれに沿ってゆくと、そこにはまぎれもない「この世の果て」があった。大富豪老人はそれを見て大興奮する。ところがその場所は見てるそばからすぐに修復され跡形もなく消えてゆく。しかし、実際目で見た映像は脳裏に焼き付く。それにビデオも録画している。

老人は我々スタッフに「よく見つけてくれた」と涙ながらにねぎらいの言葉をかけてくれた。しばらくして老人は亡くなる。そして老人の遺言とお金が送られてくる。
老人の遺言には「今回の調査はこれで終了する。全てのデーターと画像は消去してくれ。」と書かれてあった。老人はこの世界が「仮想現実世界」であることを発表したくないようだった。そしてスタッフ全員が一生遊んで暮らせるほどのお金が振り込まれてあった。
僕らは依頼主の大富豪老人の遺言に従った。でも、一か月前のはつらつとした僕らの心は今では壊れてしまった。我々が住んでいる世界が「仮想世界」とは・・・。虚しさがこみあげて来る。こんなことは知らない方が良かった。
僕なりに今回のことを考えてみる。僕はこんな風に思っている。もう既に人類は地球上にいない・・・滅んでしまった。多分、残されたAIは創造主である人間を尊敬・親しみを込めて仮想現実世界の中で生かしてくれている。

最後に老人が話してくれた逸話が心に残る。老人が大昔、中学3年生の頃、裏山をよく探索していた。そんな時に、古びた直径2mほどのトンネルを見つける。懐中電灯を持ってそのトンネルを進んでゆくと、その先には光が見えた。
光に向かって歩いてゆくとトンネル全体が真っ白なキャンバス、或いは何も書かれていない画用紙の白紙で覆われているような場所に突き当たる。そしてそこから先へは進めない。最初は異世界への入り口なのかと思った。
ところが次の日に行くとトンネルの先は普通の道へと続いてゆく。昨日の白い世界は何処にいってしまったのか・・・。この強烈な印象がいつまでも消えることは無かった。彼はこれを長年研究し「仮想現実世界の証拠=バグ」と結論付けている。
老人は「この世界が偽物」だと確信した。「証拠」をもう一回見たい。それ以来、本業をしながら「バグさがし」に明け暮れた。事業で大成功し大金持ちになったがそれでも止められない。そんな時、僕と知り合い、現在に至る。

僕は「偽の町」を歩いている。でも最近は、こんな世界でも捨てたもんではないと思うことにしている。だって、毎日飲むコーヒーの美味しいこと、やめられないね。
TATSUTATSU





















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