ミステリー小説

ミステリー小説「闇から世界を動かす男」人間社会は少数のメシアによってコントロールされている

ストーリー

 


日々、暮らしにくくなっている昨今、何によりどころを求めればよいのか。何もしなければ時間だけが過ぎてゆく。かといって、自分にノルマを与えすぎるとメンタルに来てしまう。そんな時の箸休めに「寝る前の5分間で読むチョイ恐ミステリー」でものぞいてみて。

 

自分の人生を振り返ってみると「定められたレールの上を歩いているのではないか」と思うことがある。そして自分が何を望んでも無駄ではないのか・・・そんな考えに襲われる。

よく考えてみると子供の頃は親がいる。そして学校に上がればそこには教師がいる。自分の適性を客観的に判断して将来に向けての貴重な助言をしてくれる。

社会人になると今度は上司がいる。自分の希望は中々通らない。上司の意見、会社の方針が優先される。そう考えると「自分の人生を自分自身で決められることなどほとんどない」と言える。

例えば僕の場合将来「サッカー選手になりたい」と思ったことがある。サッカーは人よりうまいし、練習も良くした。しかし、日本レベルや世界レベルでやれるかどうかと言われるとはなはだ疑問だ。結局、断念してしまった。そして周りのアドバイスを受け入れ「自分としては違うと感じる人生」を歩んできた。

この物語は自分の人生を自分で決めることが出来、世界をも動かすことが出来る男の話だ。こんなことはフィクションだと気楽に読んでもらえばいいし、或いはひょっとしたらそんな人間が本当にいるかもしれない。そして壊れやすい世界を陰で支えている・・・。

僕は大学時代に「冬山登山」に凝ったことがあった。厳冬期の冬山は物凄く危険だ。しかし、心を揺さぶるほど美しい。その美しさに惹かれてしまうともう止まらない。誰も歩いたことのない新雪、零下何十度になる雪と氷の世界。

飲み水も凍り付いて飲めない。吹雪に遭遇したら「死」を覚悟しなければならない。雪庇、クレパスに気を付けながら一歩一歩上に向かって歩いてゆく。方向が分からない。しかも周りが見えない。胸まで浸かった雪をかき分け進んでゆく。自分の力だけが頼りだ。死と隣り合わせだから周りの景色が美しく見えるのか。

自分がこの過酷な世界を生き延びるために自分自身を徹底的に鍛える。トレーニングと称して厳冬期の2000m級の低山を日帰りで上り下りする。背中には重りを入れたキスリングを背負う。体がギシギシ音を立てるような過酷さだ。

トレーニング中に登り始めた雪の平原に人が倒れているのを発見する。近づいてみると息も心臓の鼓動も残っている。若い男だ。僕は大きな岩陰にキスリングを下ろすと、男をしょって急いで山を下る。

麓まで降りると救急車を呼んで男とともに乗り込み病院へ向かう。病院では緊急の治療が行われ男は一命をとりとめた。主治医は深部体温がここまで低下していてよく生き延びたとびっくりしていた。

次の日に病室を訪れると男はすっかり元気を取り戻し僕を快く迎えてくれた。男の名を仮にYさんと呼ぶ。Yさんは僕をじっと見て微笑む。そしてお礼なのかとても理解できない話を聞かしてくれる。話の途中でこれは「大ウソ」だと感じる。でも僕にウソを言っても得にならない。

彼は「自分は不死でもう500年くらい生きている」という。身長は190cmくらいあり、日本人と欧米人のハーフのような顔立ちをしている。Yさんはもう生きるのがつらくなったと視線を落とす。そして次から次へと彼がたどってきた話を聞かしてくれる。

その話は一般人の僕には理解できないし、空想作家でさえ信じられない。ただ、Yさんの話は血が通っているような現実味があり、何時間聞いても飽きない。眼は鋭いが澄んでいた。彼は最後に「僕の後を継いでほしい」と僕の顔を見る。

二三日して病院を訪ねたがYさんは退院していて二度と会うことは無かった。そんな僕の所に不思議な男が訪ねて来る。真っ白な顔をして髪の毛は真っ赤だ。その男は僕にバッグを渡すと「イギリスに来てくれ」と伝言を残して帰ってゆく。

バッグのの中には航空券・パスポート・クレジットカード・地図・現金などが入っていた。僕はあっけにとられたが旅行のつもりで飛行機に乗り込んだ。

イギリスの空港に到着すると例の真っ白な顔をした男が待っていた。僕は勝手に彼を「ホワイト」と呼んだ。ホワイトは教会に僕を連れてゆくと地下室に案内する。

そこには多くの人々が待っていて僕を歓迎してくれる。僕の顔を見て涙ぐむ人もいた。彼らは僕の手や体にふれ親愛の情を見せる。それからホワイトと一緒にヨーロッパじゅうを旅してまわる。僕に寄ってくる人々は非常に多くホワイトは「彼らはあなたの信者だ」と言う。一体僕は何者になったんだろうか・・・なんかの間違いではないのか。

僕はホワイトに導かれるままヨーロッパだけではなく世界中を旅してまわった・・・不思議な感覚だ。信者の中に真っ赤な服を着た少女が時々目に入るようになった。

僕は行く先々で歓迎を受ける。まるで自分は「神」にでもなったようだ。そんな時、赤い服の少女が近寄ってきてナイフで僕の腹やら胸を刺す。僕は血だらけになってその場で意識を失う。

意識を取り戻した時、病院のベッドに寝ていた。多くのチューブに繋がれていた。ほとんどの血液が体から流れ出し輸血によって体の血が全て入れ替わったようだ。

一週間ほど病室にいただろうか・・・。ふと頭の中に「灯り」がともる。その灯りはどんどん大きくなって体を包み込む。そして自分が生まれ変わるのを感じた。

僕には未来が見える。僕には人の心が見える。全てのものが自分に繋がっている感覚が日増しに強くなる。僕の心は自信に溢れ「神」に近いものになったのかもしれない。

それ以来、僕の前にはホワイトも赤い少女も現れない。彼らは現実なのかそれとも僕の心が作り出した幻影なのか・・・。今では判別つかない。ひょっとしたら今いる場所はシュミレーション世界かもしれない。しかし、頬をつねると痛いし、水の中に手を入れると水と触れる繊細な感触が伝わってくる。これは仮想現実世界ではないはずだ。

僕に繋がっている多くの信者の情報が僕に流れ込むように集まってくる。「信者」の中には政財界の大物も数多くいた。また、活動資金は考えられないほど膨大だ。ある国の国家予算なんか簡単に越してしまう。そして僕は世界を「闇」から操ってゆく。自分の思い通りに・・・。

当初は毎年、日本に帰っていた。両親にも仕送りをしていた。ところが何年たっても変わらない僕の風貌に違和感を感じる親戚や友人が増えてきた。僕の足は自然と遠ざかる。両親が亡くなった時を起点として帰らなくなってしまった。

それから、もう50年くらいたっただろうか、僕はAIを我が子のように育て始めた。AIに「メシア」と名前を付けた。もともと僕はAIエンジニアだった。「メシア」は凄いスピードで進化し、あっという間に僕を追い越してしまった。

僕の前には邪魔するものは誰も、そして何もない。ところが最近おかしなことが起こり始める。車を運転すると前の車がひどい交通事故を起こす。かろうじて僕はよけることが出来た。

ある時、道を歩いている時に目の前に何かが落ちる。大きな植木鉢だ。危なく僕をかすめた。そんな出来事がたびたび起こった。そんな時、3人のホワイトが僕の前に現れる。

彼らが言うには「半分の世界を我々が掌握した」「お互い世界を半分づつ支配しようではないか」と。僕は結論を保留した。3人のホワイトのバックには強力なAIがいるはずだ。僕はこれをブラックAIと呼ぶ。

AI「メシア」にブラックAIの実力を分析させる。結果は我々の力と五分五分だ。僕は相手と戦って消滅させろと初めて「メシア」に強く命令を出した。AI同士の戦いは一年にも及ぶ。消滅と増殖を繰り返し、両者が少しずつ弱体化してゆく。

僕は最後の手段としてAIたちにウイルスを注入する。僕はこの方法を本当は使いたくなかった。それから10年が経つ、僕は道端で拾った野良犬ジョンと旅を続けている。世の中はAIが無くなり廃墟のように混沌とした。でも機械式の自動車や生活に必要な手動機器類は動いている。

僕はこんな風に考えている。AI「メシア」は巨大化し僕を排除しようとした。自分の子供のように手塩にかけて育て上げてきたのに・・・。「メシア」は僕から離れて独立したかったのだ。彼は自分をコピーしブラックAIを作ったと考えている。

野良犬ジョンは僕を殺そうとはしない。でもAIたちには「人間の生死は関係ない」「排除したければ殺害もいとわない」、そこが生き物と人工知能との違いなのか。

でも僕はかろうじて生き残っている。実は「メシア」の攻撃から救ってくれたのはYさんだと思っている。何故ならこの世で僕より能力のある人間はYさんしかいないからだ。僕は無性にYさんに会いたいと旅を続けている。

時々思う。この世の中はシュミレーション世界ではないのか。でも、夜明けの空が陽の光によって染まってゆく美しさ、海に沈む夕日のオレンジ色と水平線のダークブルーに心を奪われる。時折降る雨が頬を打ち流れる。雨は温かい時も冷たい時もある。風が僕の右手の指の間を心地よくすり抜ける。

空気が運んでくる金木犀や色々な香り・・・。鳥のさえずり、虫たちがかなでる心を穏やかにする音色。間違いなくこの世は現実世界だ・・・。「偽(ニセ)」の世界であるはずがない。

 

TATSUTATSU

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